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水野南北「食は運命を左右する」


食を節することは運命好転 人生の大吉につながる?
本当かな?
そう思いながら実践し始めた飲食のつつしみ。

飲食を慎む行為は、だれでもすぐに実践できる方法です。


飲食を慎むことが開運につながるとは理解しがたい人もいるかと思いますが、食は、たしかに運命を左右するようです。


飲食を慎むことは、世界一シンプルでインパクトの強力な開運法なのだと思います。

きょうからあなたも飲食を節制(慎み)ませんか?
飲食を慎むことにより、人生のシナリオを書き換えることができるようです。
(運命のシナリオを肯定的内容に書き換えるようだ。
アカシックレコードの書き換えにもつながるか?)


水野南北略伝より

 水野南北の先祖は遠く人皇三十代敏達天皇にさかのぼり、その家系である小野家からは小野篁、小野道風、小野小町などが出ている。小野妹子から数えて六十七代目が小野文章で、水野南北の父である。南北の代に水野姓に変り、名は勝三郎忠良。

 小野文章は、大阪の浄瑠璃小屋阿波座で芝居の脚本を書いていた座付作者であったが、南北が幼ないころ他界し、孤児となった南北は、鍛冶屋だった叔父のもとにひきとられ幼名を鍵屋熊太といっていた。

 熊太は十歳のころから飲酒をはじめ、喧嘩口論で生傷が絶えなかったという。
十八歳のころ、酒代を稼ぐため犯罪を犯し、入牢したが、牢内で囚人と娑婆の人間とのあいだの人相に、きわだった差異のあることを発見し、観相に興味をもった。

 出獄後、巷の易者に自分の相を観てもらったところ、剣難の相とあと一年の寿命を予言され、避難の方法は出家にあり、と教えられた。禅寺を訪れて弟子入りを志願した熊太の顔を見て住職は驚愕した。
顔に剣難の相がハッキリと読み取れたからである。
「あなたをこの寺に入れることはできない・・・ただし・・・」
住職はことわるつもりで、一年間、麦と大豆だけの食事を続けてきたら入門させようと約束した。

熊太は命惜しさの一念で沖仲仕をして暮しながら、麦と大豆を常食にして一年を送り、禅寺を訪れるまえに、くだんの易者に会うと、「剣難の相が消えた。なにか大きな功徳を積んだのか?」とおどろき、熊太が食生活を改善したいきさつを話すと、「それが陰徳を積み、相まで変えたのだ」と自信をつけられた。
そこで熊太は禅門に入るよりも観相家を志すべきだとして、諸国遍歴の旅へ出た。
南北が相学を志したのは二十一歳のころといわれ、人間の全身の相を学ぶために湯屋の三助となったり、死人の相をたしかめるため火葬場の隠亡(おんぼう)にまでなったという。
南北の観相法は顔や手を見るだけでなく、全身を裸にしたといわれるが、これはそのころの修業の成果であろう。


 しかし、従来の相学では百発百中というわけにはいかず、悩んだすえに伊勢皇大神宮に参詣し、断食・水ごりの荒行を修めた結果、「人の運は食にあり」という真理に想い到るのである。

それには、伊勢外宮の祭神が豊受姫命(別名御食津神)という、五穀や一切の食物をつかさどる神体であったことも手伝っている。

 そして名古屋の宮宿、熱田神宮の近くに居を構え、観相家として一家をなし、晩年は皇室のひいきを受け、光格天皇の時代に、従五位出羽之介に叙せられ、「大日本」および「日本中祖」の号をおくられたという。

 また、南北という号も、
 「相法に於て日本中祖の号を賜う。天命を恐れ、家名は我れ一代かぎり、子孫にこの相法を伝えず、門人に免ず」
 としるしているように、法統を重視したといわれる。

 南北自身の相貌は(「背は低く顔貌はせせこましく、口は小さく、眼はけわしく落ち込み、印堂は狭く眉は薄い。家続も狭く鼻は低く、顎骨は高く歯は短かく小さい、また足も小さい」とみずから書いているように貧相であるが、「人の運は食にあり」の大悟によって、「我れ衆人のために食を節す」と、一日に麦一合五勺、酒一合、米のものは餅すら食さず、副食は一汁一菜と食を慎しんだ緒果、晩年は屋敷一丁四方倉七棟に及ぶ産をなしたという。

南北自身の人相所見
①小さな口…愛情に欠ける
②背が低い…愛情に欠ける
③眼がけわしい…犯罪者
④眼がくぼむ…ひっこみ思案
⑤印堂がせまい…精神不安定
⑥眉がうすい…兄弟運がない。短命
⑦鼻がひくい…貧乏・短命
⑧歯が小さい…貧乏・短命
⑨足が小さい…賎しい・不健康。

 南北の相法は筆「血色気色流年法」という独特のもので、従来の宿命論的観相法を打ち破り、いかなる運命の星の下にある人も、神仏を崇敬し、修身努力すれば、宿命を転換できると説いた画期的なものである。
 南北いわく「天地自然の相を得ざる相者は我を見ること能わず。
我を見ることを得ずして書を見るときは、その書我にありてその用をなさず、これ書を見ざるが如し。
故に相者はまず我を知りて後人を相するが肝要である。
人相、家相よくとも其家主、意定まらず、そのいとなみおこたる時は必ず家を破る」
 これが南北の相学ないし人生哲学の要諦なのである。
 南北の生年は宝暦七年(一七五七年)、没年は天保五年十一月十一日。享年七十八歳。
 著書に、「南北相法十巻」「相法和解二巻」「秘伝華一巻」「修身録四巻」「皆帰玄論」「神相全篇精理解」「燕山相法」「相法対易弁論」各一巻(そのうち後の四書は未刊)など。
また南北伝に『浪速人傑談』(安政二年、政田義彦著)がある。
    

食は運命を左右する   目次

  
水野南北略伝
 
相法極意修身録 巻之一

  相法極意抜粋自序   
 1 運命の吉凶は食で決まる   
 2 粗食の者は貧相でも幸運をつかむ  
 3 粗食でもときに大食すれば大凶   
 4 食事時間が不規則な者は吉相でも凶   
 5 食事量が一定していれば心身健全   
 6 美食をつづけると消化器系の病気にたる  
 7 子なき相でも食を慎しめば跡つぎを得る   
 8 小食の者には死苦や長病がない   
 9 肉体労働者は大食をしてもよい   
10 人格は飲食の慎しみによって決まる  
11 厄年に難を避ける法   
12 高齢者の肉食は害が少たい   
13 子供の貧相・悪相は親の責任   
14 家運が尽きていても減食で再興できる   
15 吉相でも碁・将棋を好む者は出世しない   
16 築山・泉水のある家は衰運に向う   

 
相法極意修身録 巻之二

 1 陰の男は大陰の妻をもとめる   
 2 万善万悪みな食を本(もと)とする
 3 神官が貧しく僧侶が裕福なのはなぜ?    
 4 遊興放蕩も食を慎しめば許される   
 5 神への祈りをかなえる法  
 6 自分の食べる分を施すのが真の陰徳   
 7 身分の低い者が身分の高い者と親しくすると……
 8 人相だけを論じてもあてにならない  
 9 一粒を惜しむ者は一飯を余分に食す   
10 食物を粗末にする者は成仏しない   
11 相法の秘密は法華経にある   

 
相法極意修身録 巻之三

 1 毎朝昇る太陽を拝む長寿法   
 2 食欲がなければ食べるな  
 3 現世に食を慎しめば来世に果報を得る 
 4 食器の大小は身のほどに応じてきめる 
 5 精神を治めるために食を慎しむ仏法  
 6 貧乏人は金持ちの趣味をまねるな  
 7 夜なべは大凶、朝寝坊は貧窮短命   
 8 女性が吉相を自覚すれば凶相と変る  
 9 慎しみを守っていても天からためされることがある 
10 衣・住も過ぎたるは凶  
11 太陽の運行と不可分の運勢  
12 朝早く起きればなぜ運がよくなるか
13 倹約は吉だが吝嗇(けち)は凶  
14 食を慎しめば気が開け、気が開けば運が開く
15 学ばなくて知る者、学んで知らぬ者
16 善人短命・悪人長命の理由  
17 才気煥発の子を育てる心得  
18 生命は不生不減、無始無終である  
19 人体を堅める塩の徳  

 
相法極意修身録 巻之四

 1 儒者(学者)かならずしも徳者ではない  
 2 万物即天地創造の神である  
 3 日本・中国・インドはともに神国である 
 4 神・儒・仏の三教の役割  
 5 ただの大酒飲みではなかった李白  
 6 難病は粥(かゆ)で治せ    
 7 味バカは減食で治せ   
 8 一念・一業を貫ぬかない者は世に無益   
 9 神・儒・仏の三教に垣根はない  
10 一年以上の余命があれば延寿できる、  
11 吉凶の根源を知らない観相家は「盗賊」 

 
相法極意抜粋践 

 監注者のことば(松原目治)   
 訳者あとがき(玉井禮一郎) 

水野南北先生の「食は運命を左右する」に、「善人短命、悪人長命の理由」と題したおもしろい問答があります。
 弟子がこう問いました。
 「慈悲深く善人といわれる人はかならず早く死に、悪人といわれる者は長命である。悪は増長して善を滅ぼすものでしょうか?」
 南北先生の答えは、「それはみは心気のなすところである。心気の弱い者は短命で、それの強いものは長命である」

 南北先生はさらに続けます。
 「心気の弱い者は根気も弱く、人と長く争うことができない。また根気が弱ければ悪いことをたくらむこともできない。したがって善人に見える人は短命である。しかし、こういう人はかならずしも真に善い人というわけではない。
 心気の強い者は根気も強いゆえに、人と対応しても強く出られる。また人と争っても心気が丈夫だから、なすべきことを十分になす。そのためにも長命でなければならない」

 心気の強さが運勢好転のポイントのようです。

心気を強化するには、粗食少食と適度の運動。
【慎食(しんしょく)は、神食ですから。】

それと、丹田に力を蓄える腹式呼吸法がおすすめですよ。


南北は人相観に似合わぬ悪相で あったため、地方などへ行った際、偽物と間違われることがしばしばあった。
  そのため自分の人相書を、門人に 画かせ、それに身体の特徴を記入して 持ち歩いていた。
  この肖像画は『南北相法極意抜粋』に  載せられていたものである。

『浪速の相聖 水野南北とその思想』
  牧野正恭・田中一郎著 大阪春秋社より

粗食少食が運命を開花させる。

食を慎めば、だれでも運命を改善・開花させ、財を成すことができる。

食は運命を左右する証拠となる記事をご紹介します。(ごいんきょ様のHPより
 
マクロビオティックの伝道師 久司道夫

・1985年、ボストン大学医学部との共同研究により、エイズ患者の免疫力がマクロビオティックで改善することを確認し、医学界の注目を集めた。

・1994年、「世界の平和と人類の健康に非常な貢献をした」として、国連(国連著述家協会)より優秀賞を授与される。

・1995年、「米国の食生活の改善に多大な功績があった」として、ロードアイランド州上院より表彰状を授与される。

・1995年、世界30ヶ所以上にチェーンを持つ高級ホテル「リッツカールトン」がクシヘルスメニューを導入した。

・1995年12月、米国弁護士協会有志より、ノーベル財団に対してノーベル平和賞の候補として正式に推薦状が提出された。

・1996年、米国国立歴史博物館より久司道夫の活動を著す文献や記録物が、国家資料として収納するかどうかの検討を行うため、蒐集の要請を受ける。

・1997年、ベルギーアントワープ市より「エコロジーと自然の理にかなった生活様式の向上に大いなる貢献をした」として、ルドルフ・シュタイナー、英国チャールズ皇太子、久司道夫の三候補の中から久司道夫がゴールデンストロー賞を授与される。

・1997年5月、米国国立歴史博物館、スミソニアン・インスティティーションのキャサリン・オット博士より、正式に同博物館への資料の収納が決定した旨の通知を受理。米国副大統領を委員長とした十人の委員が満場一致で賛成し決定。

 特に最後のスミソニアン博物館は日本人にはなじみがあろうと思われる。広島に原爆を投下した飛行機エノラ・ゲイが陳列してあるからである。

同博物館に資料が収納される名誉に浴した日本人は久司道夫氏ただ一人である。

久司道夫氏の提唱するマクロビオティックを実践している有名人として、歌手のマドンナやマイケル・ジャクソン、ハリウッドスターのトム・クルーズ、クリントン大統領やカーター元大統領らがいる。

全米では200万人の実践者がいるという。
 ではそのマクロビオティックとはなんたるものか。それは後章にゆずるとして、マクロビオティックで実際に起こった驚くべき話がある。それを『地球と人類を救うマクロビオティック』文芸社、久司道夫著から抜粋してみよう。

 ・・・略・・・
 いまから20年も前のことですが、当時、ポルトガルからボストンにやってきて久司インスティテュートで1年間勉強した青年チーコが、リスボンに帰って、友人と一緒にマクロビオティックを精力的に広めていました。マクロビオティックに関する講演をしたり、料理講習をしたり、指圧を教えたり、いろんな活動を展開していたわけです。


 あるとき、そんな彼らの活動が現地の新聞に載ったのです。そして、その記事を目に止めて興味を示したのが、何と刑務所に入れられていた凶悪犯だったのです。


 ポルトガルのリスボンの北には、観光客によく知られた素晴らしいお城があります。その前に大きな刑務所があって、全国の刑務所から凶悪な連中が集められてきます。

そのもっとも凶悪な連中が28人でグループを組んでいて、ボスのあだ名が、”アル・カポネ”。殺人こそ犯さなかったものの、彼は年に400回という記録を持つ「ホールドアップ」専門の強盗。

それからナンバー2の男は銀行泥棒。それも機関銃で脅して金を奪っていくのですが、彼らは総勢28名もいて警官の手に負えないため、最後は軍隊を動員して捕まえたということでした。


 最初のうちは、他の刑務所に入れられていたのですが、しょっちゅう暴れるので、リスボンに移されます。

そのときにたまたま、その新聞をアル・カポネたちが読んだわけです。

それで「面白そうじゃないか。これやってみよう」ということになったのです。


 刑務所のほうで調べてみると、どうも危険はなさそうだということで、チーコに連絡がいって勉強会が始まり、やがて料理講習が開かれました。

ナイフは持って入れないので、手で野菜類をちぎりながら、アル・カポネたちも勉強。刑務所の中で、彼らは自炊を始めたのです。


 刑務所では毎朝、看守が起床時間になると、ドアを叩いて歩くわけですが、その度に彼らは「うるさい」とか「あっち行け!」と叫んでいたのです。

ところが、玄米や野菜を食べ、自炊を続けていたある朝、彼らから「おはよう」という言葉が返ってきたのです。


それまでは廊下で看守とすれちがっても、そっぽを向いたり、舌を出したり、反抗的な態度をとっていた彼らが、看守とすれちがうとうと「ヨオッ」とか、声をかけられると「ハイ」というようになってきたのです。
 彼ら自身、自分たちの変化に気がつくと同時に、看守たちも「何だろう ?気味が悪いな」と思っていたということです。

そのうち彼らは看守たちを掴まえては「お前の鼻、張れているじゃないか!心臓が悪い証拠だぞ」「お前は下唇が垂れているけど、胃腸が悪いだろう。オレたちと一緒に食わないか」と、そんな話をし始めるにつれて、看守たちもだんだん影響されていったのです。


 そんな状態が何ヶ月か続いて、刑務所側でも彼らの変化が本物かどうかテストをしてみようと、ある土曜日、アル・カポネ以下28人に「翌日の日曜日の夕方までに帰ってくるように」との条件をつけて、外出許可を与えたのです。


 凶悪犯のアル・カポネらには尾行をつけて外に出したのですが、それまで脱獄ばかり考えていた連中が、全員帰ってきたわけです。何週間かおいて、今度は尾行をつけずに、外出許可を与えたのですが、やはりまた全員が帰ってきました。


 そこで、彼らを呼んで「お前たちはいままで、人殺しをしてでも外に出たいと思っていたはずなのに、なぜ帰ってきたのか」とたずねたところ「町に出ても、うまいものがないんだ。ここで食べるものが一番うまいし、しかもタダだ、だからここに帰ってきた」という返事でした。


 その後、何週間かして、リスボンで私のセミナーがあったときに、彼らも聞きにきたので、私がみんなを壇上に上げまして「どんなことをやったのか。何がどう変わったか。そして、どんな人生観になったか」を、話してもらいました。


 セミナーが終わると、彼らは私を掴まえて「刑務所を出たら、どういう仕事をしたらいいか」「なぜ、世の中に戦争が起こるのか」「オレたちは死んだら、どうなるのか」といった人生問題や社会に関する質問を次々としてきました。


 そんな彼らの変貌に、刑務所のほうでも感心して、10年の刑期、15年の刑期、中には25年の刑期の者さえいたのですが、その全員が2年間で社会復帰してしまいました。

しかも、その後、誰一人として再び、犯罪を起こして戻ってこなかったのです(再犯率ゼロ!)。


 ある者は畑を耕して野菜づくりを始め、ある者は豆腐づくりを始めました。

また、ある者はマクロビオティックのレストランの皿洗い。

ナンバー2の男は多少、英語が話せたので、ボストンに来て、マクロビオティックの勉強を1年間やりました。

彼は、実にいい人間なのです。


 ある日、私と散歩していると「ミチオ、金に困るか?」というので「教育者というのは、いつも貧乏なものなんだ」。「そうか、金に困ったらいつでも言ってくれ」「どうするつもりだ」というと「ちょっと見てくる」といって一回りしてくると「あの銀行、屋根から入れるんだ。オレが見たところ、いま350万ドルぐらい現金がある。金がなくなったら、いつでも言ってくれ」と。


 あわてて断りましたが、彼はヨーロッパに帰ってから、マドリッドで病人を治療したり、各地で教えたりして、いまは非常に尊敬されています。


 そういうふうに、食事によって生活がすっかり変わってしまうのです。

彼らの例からもわかるように、犯罪というものは、ちょっとしたきっかけでカーッとなった状態で起こすものなのです。

あるいは、ある状態で、ある者はカーッとこないかもしれないけど、ある者はカーッとくる。その原因は何かというと、前の日に食べた塩鮭かもしれない。

あるいは、前々日に食べた卵かもしれない。

あるいは、長い間に蓄積されてきたところの、いろんな脂っぽいものや香辛料などが何かのきっかけで、突然出てきたのかもしれないのです。

いかがでしたか?これを機会に食生活を見直すのもたのしいかもしれませんね。

タカハシは、水野南北から気づきをえてから菜食中心の粗食少食を実践していますが、とてもわらだが軽く絶好調です。

だれですか、コンビニ弁当にスナック菓子が主食の人は?

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